最高裁判所第二小法廷 昭和25年(オ)368号 判決
上告代理人弁護士中野峯夫の上告理由は別紙記載のとおりである。
上告理由第一、二点について。
論旨第一点は上告人は原審において本件農地に関する買収計画及買収処分の違法を主張したのにかかわらず、原判決はこの点に関する判断を遺脱し、必要な審理を尽していないというのである。
しかしながら上告人の本件請求は本件農地の売渡計画に関して被上告人がした訴願裁決の取消を求めるものである。自作農創設特別措置法(以下単に法と略称する)による農地の買収と売渡とは別個の手続をもつて行われ、買収手続に違法があつても直ちに売渡手続が違法であるとはいえないのであつて、上告人も原審においては、本件裁決取消請求の原因としては、本件農地の買収計画及び買収処分が違法であるとの点は主張しなかつたものであることは、原審における弁論の趣旨全体から見て明らかである。(この点は、第一審判決及び原審判決の事実摘示からも明らかであるのみならず、記録にあらわれた原審弁論の経過、殊に第一回口頭弁論において、原審裁判長は特にこの点を明瞭ならしめるために上告人に釈明を求めたに対し上告人は「本件農地について、買収計画が立てられ、買収処分行為がなされたがその行為の違法を攻撃するものでない」と陳述しているところからみても極めて明瞭である)従つて原判決が右買収計画及び買収処分の違法なりや否やについて判断を与えなかつたことを以て所論のように違法ありとすることはできない。又論旨第二点は原審において判断を受けなかつた叙上の点に関し、縷々として右買収計画及び買収処分の違法なことを主張するに過ぎないのであるから、採用の限りでない。
同第三点について。
論旨はかりに本件農地の買収計画及買収処分が適法であるとしても、本件売渡計画は違法であるというのである。上告人の主張によれば、本件農地は昭和二〇年まで中野三角(上告人の妹の夫)が耕作し同年四月から二一年五月まで訴外秋吉俊治が耕作し、二一年五月から中野三角が再び耕作し、同年九月から上告人が耕作して来たというのである。自作農創設特別措置法施行令(以下単に令と略称する)一七条一項一号によれば、遡及買収の場合は二〇年一一月二三日現在の耕作者に売渡すことを原則とし同項五号は右の期日の耕作者が一時転借人である場合には一定の事由による転貸人に売渡すことを規定している。上告人は中野三角と上告人とは同居の親族であり、売渡を受ける者としては上告人は中野三角と同じ地位に立ち右五号により転借人に優先して売渡を受けるべきものであるというのである。中野三角が訴外秋吉に本件農地を転貸したのは右三角が応召したためであり、換言すれば法五条六号の事由によるものである。令一七条一項五号で転貸人に売渡すこととしているのは、このような事由によつて転貸を余儀なくされた者の権利を保護するためであり、従つて、中野三角は秋吉に優先して売渡を受け得るものであることは論旨のとおりであり、原判決も是認するのであるけれども、転貸人を保護する理由の有無は転貸人ごとに異り、令一七条一項五号も法五条六号の事由に基く転貸人のみを保護している趣旨と解すべきである。かりに所論のように上告人が中野三角から適法に耕作権を譲り受けたものとしても、上告人は三角の右のように保護されるべき地位までも承継するものとは考えられない、換言すれば上告人が中野三角の親戚でありかつその耕作権を譲り受けたものとしても、令一七条の適用に際しては同人と法律上同じ地位に立つものとはいえないのである。以上説明のとおりであるから、中野三角が本件農地の買受申込をしていない以上令一七条一項五号によつて秋吉に優先する耕作者は何人もないものと云わなければならない。論旨はまた、農地の買収にあたつても二〇年一一月二三日を基準とするは例外であり現時買収を原則とすると同じく、売渡に際しても売渡時現在の耕作者に売渡すことを原則とすべく、従つて本件農地は上告人に売渡さるべきであるというのであるが、令一七条一項一号は二〇年一一月二三日現在の事実に基いて買収した場合においては、右基準日現在の耕作者に売渡すことを原則とし、例外として右の小作農が売渡の相手方として不適当な場合には都道府県農地委員会の承認の下に買収時期の小作農に売渡すことにしているのである。すなわち論旨は法令の規定と反対の主張をしているのであつて到底これを採用することができない。そして原判決は昭和二〇年一一月二三日現在の小作人秋吉が自作農として精進する見込のある事実を証拠によつて認定しているのであるから上告人が右例外の場合として売渡の相手方と定められる余地は全くないのである。
論旨はまた、本件遡及買収は昭和二二年一二月法律二四一号による改正前の附則二項によつたものであるけれども、その後の売渡について右改正後の法六条の二の趣旨をくんで行わるべきものであると主張し、訴外秋吉は右六条の二第二項一号、二号、四号の趣旨に従つて売渡の相手方とすべきではないというのである。しかし、右各号はいうまでもなく、遡及買収から除外すべき場合の規定であつて、本件のように買収については訴の提起なく、本件農地が国の所有に帰属することについて争のない場合、右各号が売渡の相手方を定めるについて基準となるものでないのみならず、売渡の相手方については前記令一七条一項の規定があり、前記のとおり訴外秋吉が自作農として農業に精進する見込のある者である以上所論のような理由により本件売渡計画を違法とすべきではない。
以上説明のほか論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
以上説明のとおり論旨はすべて理由がないから民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見をもつて主文のとおり判決する。
(裁判官 霜山精一 栗山茂 小谷勝重 藤田八郎 谷村唯一郎)
上告代理人中野峯夫の上告理由
上告の趣旨
一、原判決を破毀する。
本件を東京高等裁判所に移送する。
又は(論旨第三点一が認められるに於ては)
二、原判決を破毀する。
本件農地につき大分県東国東郡中武蔵村農地委員会が昭和二十三年四月十三日決定した売渡計画に対する上告人の訴願に対し昭和二十三年九月六日被上告人のした裁決は之を取消す。
訴訟費用は第一、二、三審共被上告人の負担とする旨の判決を求める。
上告の理由
第一点 原審は重要な争点の判断を遺脱し、必要な審理を尽くして居ない。
上告人は第一審以来本件農地につき中武蔵村農地委員会が買収計画を立てたことの違法性並にその買収処分の違法性を主張して居る(訴状、控訴状、昭和二十五年六月二十六日附答弁書及び準備書面)。
原審口頭弁論に於て上告人が「本件農地について買収計画及び買収処分の違法を攻撃するものではない(昭和二十五年三月二十九日口答弁論調書、記録一〇六丁参照)」と陳述して居るが、それは「本訴に於て本件農地につき中武蔵村農地委員会のなした買収計画及び買収処分そのものの取消を請求するのではなくそれを前提として同農地委員会がなした売渡計画の取消を請求する趣旨である」との意味を陳述したものである、蓋し右買収計画及び買収処分そのものの違法を攻撃するに付ては既に出訴期間を経過して居たので、其れに基く違法な売渡計画の取消を訴求するの已むなきに至つたからである。(乙第四号裁決書中裁決理由記載訴願の要旨摘録部分末段参照、新甲第一号証訴願書参考書類)。加之、被上告人に於ても買収計画及び買収処分の適法性に論及して居ること(昭和二十三年十一月十九日附答弁書参照)に徴して之を争う余地はないのである。然るに原審は何等之に論及することなく、従つて又此の点に付毫も審理を尽くし判断を与えて居ないのである。而して買収計画及び買収処分が違法であるときは売渡計画も亦違法となるを原則とする。殊に買収計画及び買収処分が無効なるときに於てはその無効それ自体を攻撃する不服申立方法(異議、訴願、行政処分無効確認、行政処分取消訴訟)を尽くしたと否とに拘らず、之が無効を主張し、延いてその無効な行政処分を前提とする売渡計画の違法性を主張して之に対する不服申立をすることができることは争の余地がない。本件に於て上告人は第一に買収計画及び買収処分が無効であるからそれに基く売渡計画は違法であると主張し、第二に仮りに買収計画及び買収処分は適法だとしても売渡計画が違法であると主張して居る。原審は右第一の主張に対しては何等の判断を与えず、只第二の主張(予備的主張)に付てのみ判断を与えたに過ぎない。
若しそれ原審が行政事件も新憲法下民事訴訟法により処理せられ従つて当事者の主張しないところ、裁判所の関知する所にあらずとの見解の下に原判決をしたとすれば、之れ重大な訴訟手続の違背であると云わねばならぬ。行政事件訴訟特例法の規定(第七条、第八条、第九条、第十条、第十一条、第十二条)に依れば、通常の民事々件と異り、多分に職権主義を加味し、弁論主義を排斥して居るのみならず、行政裁判所のあつた当時行政訴訟が職権主義に依つて居たこと等を考え合わせると、行政事件に付ては諸般の事情を斟酌考量して行政処分の有効、無効、違法、適法、当不当等に付慎重なる判断を加うべきこと勿論である。本来民事々件に付ても所謂釈明権を行使し、当事者に主張、立証を促して事案の真相を把握することを要するのであつて(民訴法第一二七条、第一三一条参照)、右釈明権は同時に裁判官又は裁判所の釈明義務であること判例学説の等しく承認する所である。況んや行政事件に付ては叙上行政事件訴訟特例法等に照して右釈明権乃至釈明義務の及ぶべき分野は相当広汎なるべきこと当然である。原審に於て法律知識に乏しい素人の上告人自ら口頭弁論に於て叙上の如く陳述したとしても、それが本件土地に付買収計画及び買収処分の違法性を主張する趣旨にあらずと解するに於ては、原審裁判官は行政事件訴訟の特殊性を知らないか又はその為すべき釈明義務を尽くさないものと云はなければならない。
第二点 本件農地の買収計画及び買収処分は無効である。此の無効な買収処分を前提として中武蔵村農地委員会が樹立した売渡計画は無効であり、違法である。
一、本件農地は訴外中野峯夫(不在地主)が所有する小作地と見て自作農創設特別措置法第三条第一項第一号によつて買収する計画を樹て、之が買収処分をしたことは争のない所である。然るに本件農地は上告人の所有する自作地であつて、右訴外人の所有する小作地ではない。本件農地は元来上告人の所有であつたが、昭和十年三月十八日訴外財前国夫に買戻条件附で売渡し、右買戻手続を上告人の実弟たる訴外中野峯夫に依頼したので同訴外人は同十五年五月十四日之を買戻したが、その買戻代金を同人に於て立替払した関係上、同訴外人名義に其の所有権移転登記をした。そこで上告人は右訴外人と交渉して昭和二十年十二月二十五日までに右立替代金の償還と引換に所有権名義を上告人名義に変更登記することを約したが、時恰かも大東亜戦争激烈のさ中で満洲に居た上告人は送金の方法もなく帰国する術もなかつたので、右履行期にその名義を上告人名義に変更登記することができなかつた。上告人は昭和二十一年九月十五日満洲から帰国した後、同年十二月十九日買戻代金千円を右訴外人に償還して其の所有権名義を上告人名義に変更登記することを求めたが、右訴外人は之に応じないので東京中野簡易裁判所の確定判決に基き昭和二十三年四月十六日其の所有権名義を上告人名義に変更登記したのである。(原判決に引用した第一審判決事実摘示欄の記載は第一審以来の上告人の主張を正解してない)。上告人は第一審以来本件農地の所有権は訴外中野峯夫名義となつた昭和十五年五月十四日以来今日まで引続き上告人に帰属して居るのであつて、只其の登記簿上の所有者名義だけが右訴外人名義となつていたから右東京中野簡易裁判所の確定判決によつて昭和二十三年四月十六日上告人名義に変更登記したことを主張するものである(訴状請求原因第一項、甲第一号証判決事実摘示、特に乙第四号証裁決書裁決理由訴願要旨記載中「本件農地は実弟中野峯夫(東京都在住)の所有名義であつたため不在地主の農地として買収されたのであるが実質上に於ける所有者が訴願人(上告人)なりしということは誓つて信ずる所であり単に登記がなされていなかつただけである。而しながら昭和二十三年四月十六日所有者の移転登記を行い現在では訴願人(上告人)所有の農地となつて居るものである。従つて買収計画をも抹消すべきである云々の部分参照)。農地調整法、自作農創設特別措置法は実質上の小作地、自作地を問題とするもので、形式上の、従つて登記簿上の名義人を云々するものではない。実質上の所有者が所謂不在地主である以上、仮令その登記簿上の登記名義人を在村者の名義にしてあつても、買収されると共に、登記簿上の名義人が当該市町村外に在住して居ても、実質上の所有者が在村者である以上、その農地は買収の対象にならないのである。その実質上の所有権の移転に付原則として昭和二十一年十一月二十二日施行農地調整法第四条の規定による知事の許可乃至農地委員会の承認を要するに過ぎない。
原審は上告人が昭和十五年五月十四日以来今日まで引続き本件農地の所有者であること従つて本件農地は在村地主たる上告人の自作地であることに付て判断してない。若し夫れ実質上の所有権如何を問題とするのでなく、登記簿上の名義人を以て農地調整法、自作農創設特別措置法を適用するとの趣旨ならば、その理由を説明して一般国民(当事者だけでなく)を納得させるにあらざれば裁判所の重大な使命を忘却遺脱した仕打であつて、断じて許し難い非違である。
二、次に百歩を譲り上告人が昭和二十一年十二月十九日訴外中野峯夫から本件農地を金千円で買受けてその所有権を取得したのであつて、その買受に付知事の許可又は農地委員会の承認はなかつたが、その許可又は承認を得ることができない事情にあつたのであるから、斯かる場合には許可又は承認がなくても農地の移転は有効である。此の点に付ても上告人は第一審以来主張して居る。
上告人は控訴状(昭和二十四年十月七日附)第四項に於て「昭和二十一年十一月二十三日以後の農地移動に関しては知事の許可を要するに拘らずその許可がないものは無効であるという点に疑義がある。右に関する手続は市町村農地委員会を経由して提出する規定であるが、中武蔵村農地委員会が設立したのは昭和二十一年十二月二十五日法規に定むる所に従い委員選挙を行い其後発足した。原告が本件農地を耕作するやうになつたのは昭和二十一年十月稲の収穫からである。委員会の設立しない前の手続を如何にするか。故に其の法規が仮令昭和二十一年十二月二十二日施行されても実質上運用する機関がなかつたのであるから此の点は当らない」と主張し、昭和二十五年六月二十六日附答弁書と題する書面第二項に於て(昭和二十五年五月三十一日附相手方の提出した準備書面に対して)「…………法規(農地調整法第四条の規定)は施行されたかも知れないが事実上運営していなかつた。中武蔵村農地委員会が設立したのは昭和二十一年十二月二十五日の選挙により委員を選出し、実務を取るようになつたのは二十二年一月からであつた。不取敢国東登記所に行き所有権移転登記手続を頼んだが当時は差止められて不可能であつた。其後其の手続の必要を知り村農地委員会に許可申請書を提出したところ所有権移転に関する許可は一時禁止されているから県当局から何分の指令あるまでは受付けられないとのことで拒絶されたのである。如斯で運営されない理由があるならば適用されない筈である。自動車はあつても運行しなければ賃金の請求はされない。義務を尽くさずして権利の主張のみは不可能である」(検点は筆者)と主張し、更に進んで「………官権を以て人民を圧迫する甚だしいもので、憲法第十四条の規定に反するものである」と断じて居ることに徴して極めて明白である。
加之右の点が争点となつたことは第一審に於て被上告人の提出した乙第四号証裁決書の記載第二審に於て提出したる昭和二十五年五月三十一日附準備書面第二項の記載を見ても疑の余地がない。
上告人が原審に於て主張する右事実が肯認せられるに於ては、本件農地の移動に付大分県知事の許可乃至中武蔵村農地委員会の承認を得なくても、上告人が昭和二十一年十二月十九日訴外中野峯夫から本件農地の所有権の移転を受けたことは有効であるといわねばならない。若し夫れ上告人主張の如く許可又は承認を得るの途を杜絶して置き乍ら、その許可又は承認のないことを理由としてその無効を主張するが如きことは権利の濫用の甚だしいものと云うべく、官権の一方的恣意に依つて人民の権利利益を侵害するものに外ならない。それが憲法第十二条、第十三条、第十四条、第二十九条並に民法第一条第三項に違反することは明白容疑の余地ないものと信ずる。(末川博土権利濫用の研究参照)。此の争点に関する判断の遺脱が判決の結果に重大な影響を及ぼすことは申すまでもない。何となれば昭和二十一年十二月十九日の農地移転が有効視されるときは上告人は在村地主であり、本件農地は上告人の自作地であるから、訴外中野峯夫(不在地主)の所有する小作地としての買収計画及び買収処分は無効であり、延いてそれに基く売渡計画は違法となるからである。
因みに昭和二十一年十二月十九日本件農地が上告人の所有であるとする以上、その登記が昭和二十三年四月十六日であるや否やは問題にならないと信ずる。此の点に付て前記一、に論じたところを参照されたい。
因みに上告人が本件土地に付東京中野簡易裁判所の確定判決を得たのは昭和二十三年二月十九日であるが(甲第一号証)、之を知るや中武蔵村農地委員会は急いで本件農地につき売渡計画を樹立するの必要があると考え、委員長川野豊が策動して委員に働きかけ、登記所とも連絡をとり、其の登記手続の完了せない間に、押切つて売渡計画をやることに努力した結果同年四月十三日之を成立させたのであつた。田舎の登記所のこととて知事や地方事務所長や農地委員の言に左右されて登記官吏が右判決に基く所有権移転登記を躊躇したため登記はその後同年同月十六日完了したのである(甲第二号証)。移転登記を命ずる確定判決に依る登記は知事の許可又は農地委員会の承認なくとも之をしなければならない。(農地改革に関する通達一〇、一一頁戊農第九三四号、昭和二十一年四月二十六日、司法省民事局民事甲第五六九号昭和二十一年九月三日)。にも拘らず管轄登記所は右売渡計画の成立を見た上で本件農地につき所有権移転登記を完了した形跡がある。此の証明は事の性質上困難ではあるがその誤りないことを誓言できる。かくの如きも亦権利の濫用に由来する処置である。
三、前一、に於て論じた如く、上告人が本件農地の所有者である以上左記の如く、上告人は昭和二十年十一月二十三日(遡及買収の基準時)に於ても本件農地の耕作者と見なされるから、本件農地につき中武蔵村農地委員会が買収計画を樹立し、買収処分を決定したことは違法であるのみならず無効である。
(1) 上告人は昭和十九年七月八日父久松死亡の時郷里中武蔵村に帰り直に家督相続をし、同月十五日之が届出をした(新甲第二号証)。上告人は中野家の戸主となつて、父祖伝来の家業を継がねばならない身分である。中野家は少くとも四百年以来大友宗隣時代よりも以前から連綿として続いた旧家であつて相続人(戸主)は数十代の祖先を祭祀し、墳墓を展灌する責任がある。家族制度を法律上廃止した今日でさへ民法は祭祀の承継に意を用うることを忘れなかつた。況んや昭和十九年当時は大東亜戦争中、特に日本民族主義、尊皇思想祖先崇拝観念の旺盛を極めて居たことは周知の通りである。上告人は兄弟として只一人の弟訴外中野峯夫あるけれども、同訴外人は東京在住(当時大審院判事勤務)で郷里に帰らないことが明かであつたし、此の地方の慣習として姉妹に祖先の祭祀を任せることを快よしとしなかつた事情があつたのみならず、年齢既に六十路に垂んとする寄る年波に望郷の念漸く禁じ難い折柄であつたから、家督相続して亡父のあとを継ぎ戸主となつた此の時を好機として家族諸共内地に引揚て帰郷した上父祖伝来の農業を営む決意をかためたのである。そこで満洲から伴れて帰つた長男(亡父の嫡長孫)博司を母や妹夫妻に預けて、妻とその他の子供達をまとめて内地に引揚げる目的を以て一旦再び渡満したのである。長男は其の儘引続き此の郷村に居住し祖母ツネ、叔母中野シチ、その夫(義叔父)中野三角等と共に本件農地を耕作して居たが昭和二十年四月予科練に入隊し、次いで義叔父三角も昭和二十年六月応召不在のため人手不足となつたので之を一時訴外秋吉俊治に賃貸した昭和二十年度一期間を除き、昭和二十一年五月から再び義叔父三角と共に、義叔父三角が昭和二十一年九月末之を父たる上告人に返還した後は、上告人と共に引続き之を耕作して居るのである。一方上告人は右相続届をしてから一ケ月程滞在して内地に引揚てからの生活方針、母、妹スミエ、妹シチ夫妻に対する財産分割等の腹案を作つた。当時訴外中野峯夫も妻子の疎開先であつた郷里に帰つて居てその相談にあづかつたのである。かくて上告人は昭和十九年八月中旬渡満したのであるが、再度渡満したのは叙上の如く満洲を引揚げて郷里に帰国する目的で、所謂世帯を片付けて妻子を伴れて来るためであつたのである。然るに周知の如く、昭和十九年八、九月以降は戦局愈々苛烈となつて、軍の用務を帯びた者が公務上往復する以外には一般人は満洲に行くことも満洲から帰ることも出来ず、事実上日満交通は杜絶して居たのである。やがて昭和二十年八月十五日の終戦を迎え、上告人は妻子と共に満洲に抑留されて居たが昭和二十一年九月十五日辛うじて満洲から妻子と共に引揚げて郷里に帰国し、爾来郷村に於て長男及び母、妹スミエ、妹婿三角夫妻等と同居するに至つて爾来今日に及んで居るのである。而して昭和二十一年九月末から本件農地を右妹婿三角から返還を受けた(耕作権は譲受けた)のであるが、右妹婿等と上告人等は同居して居り、上告人と三角とは二等親の姻族であり、三角の妻シチは上告人の実妹で二等親の血族であり、上告人の長男博司と三角とは三等親の姻族であり、博司とシチとは三等親の傍系血族である(同居の親族に付新甲三号証)。斯くの如く上告人は昭和十九年七月八日父の死亡により郷里に帰つて家督相続をして戸主となり、長男を其の儘郷里に残し、妻子を伴れて帰国するために再度渡満したが、大東亜戦争による已むを得ない不可抗力の事情のために直ちに帰国することができず、終戦後日本に帰れるようになつてから急いで帰国したような場合に於ては、上告人は昭和十九年七月八日父の死亡のとき帰国した当時から郷村に居住して居るものと見るを相当とする。(福岡高裁昭和二四年(ネ)第三一九号、二五、一、二〇判決行政事件裁判例集第一巻第三号三五二頁以下、仙台高裁昭和二四年(ネ)第三八号、二五、二、一三判決、同上三七五頁、三七八頁参照)
(2) 叙上の如く上告人は昭和十九年七月八日以来本件農地の所在地たる郷村に居住したものと見るべき所本件農地は其当時から同居の親族である長男博司及び母ツネ、妹スミエ、妹シチ、その夫三角等が耕作して居たのであるから、本件農地は上告人の自作とみなすべきものである。之れは自作農創設特別措置法第二条第二項、第四項の規定に照して疑を容れる余地がない。なお訴外中野三角が昭和二十年六月再度の召集によつて入隊し、同年九月復員し、同年度だけ一時的に訴外秋吉俊治に転貸したが同年十二月中合意解約の上翌二十一年五月から再び耕作したのであるから、自作農創設特別措置法第二条第四項、同施行令第一条第三号により訴外秋吉俊治が一時転貸を受けて耕作して居た昭和二十年十一月二十三日当時も上告人を本件土地の耕作者、従つて本件土地は上告人の自作地と見るべきである。加之上告人の長男博司も昭和二十年四月から予科練に入隊して一時離村したけれども同年八月下旬除隊復員して右農地所在地に帰郷したのであつて、本件農地は義叔父等と共同して耕作して居たのに義叔父の召集のため一時的に訴外秋吉俊治に之を転貸したが、同年十二月中合意解約の上翌二十一年五月から再び義叔父等と共同耕作したのであるから尚更以て本件農地は上告人自ら右遡及買収の基準時に於て耕作して居た自作地とみなされる筋合と云わねばならない。(前に引用した福岡、仙台各高裁判決参照)。
若し上告人の叙上事実が肯認せらるゝときは中武蔵村農地委員会が樹立した本件農地の買収計画及び買収処分は無効であるから、それに基く本件売渡計画も亦違法たるを免がれない、原審は此の点に付き何等の判断をも与えてない。
四、百歩を譲り前記二、に述べた如く上告人が昭和二十一年十二月十九日訴外中野峯夫から金千円を以て本件農地を買受け、その買受が有効だとすれば本件農地に付き不在地主の小作地として遡及買収計画を樹立し、遡及買収処分をしたことは違法であり且つ無効である。中武蔵村農地委員会に於て本件農地に付き買収計画を樹立したのは昭和二十二年五月二日であり、之を買収することに決定したのは同年十二月二日であつた。上告人が中武蔵村農地委員会に対して異議を述べ、それが却下されるや更に大分県農地委員会に訴願した。
大分県農地委員会は右訴願を理由ありと認めて同年十二月八日一旦中武蔵村農地委員会に対して前の買収計画及び買収処分の取消を命じたのであるが、其間中武蔵村農地委員長川野豊、大分県農地委員橋本正徳等の策動があつたため同年十二月二十三日遂に右訴願を却下した。而して中武蔵村農地委員会は昭和二十二年十月十五日再度本件農地の買収計画を樹立し、昭和二十三年三月二日買収処分を決定したのである(甲第三号証、証人安見一夫の供述参照)。
右の経緯によつて明かなやうに本件農地に付き買収計画を樹立したのは昭和二十二年五月二日又は十月十五日であり、其の買収処分を決定したのは同年十二月二日又は同二十三年三月二日のことである。何れにせよ樹立した買収計画に基いて買収処分を決定したことは察するに瞭らかである。且つ再度の買収計画は最初の買収計画をその儘決定したものと思われる。最初の買収計画(昭和二十二年五月二日)がその儘再度の買収計画(同年十月十五日)となつたことは弁論の全趣旨に徴し、又甲第三号証及び原審証人安見一夫の供述によつて之を知るに充分である。従つて昭和二十三年三月二日決定した終局的な買収処分は昭和二十二年五月二日樹立した買収計画によつて成されたものと云わねばならない。然るに右買収計画を樹立した当時(昭和二十二年五月二日)には自作農創設特別措置法第六条の二、第六条の五の改正法律は未だ存在しなかつたから、右買収計画は同法第六条に従つて樹立されたものと見ざるを得ない。即ち中武蔵村農地委員会は本件農地を自作農創設特別措置法第三条第一項第一号所定の不在地主の所有に係る小作地として、同法第六条によつて、之が買収計画を樹立したのであつて(原判決の確定する所である)、同法第六条の二により訴外秋吉俊治の請求によつて昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基き買収計画を樹立したものでなく、又同法第六条の五に則り中武蔵村農地委員会が右基準時の事実に基き買収計画を定めたものでもないことは自ら明かである。惟うに中武蔵村農地委員会は改正前の同法附則第二項、同法施行令附則第四十三条、第四十五条の規定によつて買収計画を樹立したのであろう。而かも其の当時に於ては同法施行令第十七条は昭和二十三年十月五日政令第三百十五条による改正前のものである。且つ上告人は前述の如く自作農であるか論旨第三点に於て詳論する如く、買収計画樹立当時の小作農であるから、(第一次主張としては上告人は本件農地の自作農であるが、第二次の予備的主張として小作農である、第三点論旨)、中武蔵村農地委員会が遡及買収の計画を定めるに当つては、買収当時の所有権又は小作権を有する上告人と昭和二十年十一月二十三日当時の小作権を有する訴外秋吉俊治(而かも同訴外人は自作農創設特別措置法第五条第六号、同法施行令第十七条第一項第五号に所謂一時転貸を受けたものであつて、且つ昭和二十年十二月中合意解約の上同二十一年五月本件農地の耕作をやめたものである)を比較考量して、遡及買収計画を定めることの可否に付き審議しなければならない(右令附則四五条)のみならず、特別の事情のない限り、買収当時の自作農又は小作農を差し措いて、昭和二十年十一月二十三日現在の事情に基く遡及買収計画を定めることは違法たるものと云わねばならない(前橋地裁昭二三(行)一一号、二五、一、三一判決、行政事件裁判例集一巻三号三六五頁)。(神戸地裁昭二四(行)六三号、二五、三、二七判決、判例集一巻一号一三六頁、一四一頁)
然るに中武蔵村農地委員会は慎重審議した形跡全然なく、訴外秋吉俊治が一時の転貸を受けた者であるか否か、その転貸借を同年十二月中合意解約したものか否か(当時は合意解約に付ては知事の許可又は農地委員会の承認は必要でなかつた、後出)上告人が本件農地の自作農であるか否か、上告人が本件農地の小作農であるか否かに付ては毫も調査審議することなく、同訴外人が昭和二十年十一月二十三日現在に於ける小作農であつたとの一事に眩惑されて、漫然遡及買収計画を樹立したことは乙第二号証に徴しても之を窺知することができる。
原審は右の点に付て毫も判断した形跡がない。
五、上告人が本件農地の所有者であり、自作農である以上、本件農地につき中武蔵村農地委員会は買収計画を定めることはできない(自作農創設特別措置法第三条第一号、第五条第六号)。上告人は買収計画を定め、買収処分を決定した当時に於ける本件農地の所有者であるのみならず、昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いても、一時の転貸を受け右訴外秋吉俊治と同年十二月中合意解約の上同二十一年五月本件土地の返還を受けて自ら之を耕作し又は自ら耕作したものと見なさるるものであるから(前出、三参照)、本件農地は上告人の自作地として買収計画から除外せらるべきであるに拘らず之を買収計画に策入し且つ買収処分を決定したことは不法であり、且つ無効である。
自作農創設特別措置法第五条第六号の規定は疾病、就学、昭和二十年八月十五日以前の召集等で自作農がその自作地を耕作することができない為、一時その自作地を小作に出し、その一時的の小作人が買収当時当該農地を小作して居る(従つて自作農は買収当時には自作してない)場合に関するもので、此の場合に於ては市町村農地委員会が、その自作農が近く自作するものと認め、且つその自作を相当と認めるときは、当該農地に付ては、同法第三条第一号所定の不在地主の所有する小作地として買収しないものとしたのである。本件の如く、自作農の自作地に付て、昭和二十年六月召集(訴外中野三角)、同年四月予科練入隊(訴外中野博司)によつて自ら耕作することができないため(同居の親族である右二人の耕作は同法第二条第二項、第四項の規定により上告人自ら耕作したものと見なされる、上述)、一時的小作人となつた訴外秋吉俊治が昭和二十年十一月二十三日現在本件農地を耕作して居たが、同年十二月中合意解約の上同二十一年五月本件農地を返還し、(当時は農地調整法第九条の改正前であるから、一時の耕作者の農地に関する合意解約は知事の許可又は農地委員会の承認を要せず、当事者の合意のみでその効力を生ずる)、昭和二十一年五月以来上告人の同居の親族訴外三角及び訴外博司が耕作し、同年九月下旬以降今日まで引続き上告人が之を耕作して居る本件農地は、買収当時に於て自作地として上告人自ら耕作して居るものであるから上告人の所有する自作地として之を買収することのできないことは同法第三条第一項によつて明かなのみならず、同法第五条第六号の規定の勿論解釈としても之を認めなければならない。此の点に付て原審は何等の判断をして居ない。
六、仮りに遡及買収計画そのものは違法でないとしても本件に付訴外秋吉俊治を売渡の相手方と想定して買収計画を定めたことは違法であつて、本来買収すべきことを定める事のできない小作地である。(自創特法六条の二第二項第一号、第二号、第四号)此の点は上告人が第一審以来主張して居る所である。(訴状、乙第三号証議事録中一丸委員陳述部分、昭和二十四年十月七日附控訴状、昭和二十四年十二月八日附訴状補正書、昭和二十四年十一月七日附控訴状、昭和二十五年六月二十六日附答弁書同日附準備書面参照)。
(1) 訴外秋吉俊治は昭和二十年十一月二十三日現在に於ける右訴外三角及博司の召集入隊による本件農地の一時的賃借人又は転借人であつて、同年十二月中その賃貸借を合意解約の上同二十一年五月之を上告人の同居の親族である訴外中野三角(及び訴外中野博司)に返還し、爾来右同居の親族に於て之を耕作し同年九月末頃から今日まで上告人自ら之を耕作して居る。而して昭和二十四年法律第二百十五号による改正前の農地調整法第九条第二項但書の規定によれば知事の許可又は市町村農地委員会の承認を要せず一時的の賃貸借契約を有効に合意解除することができたのである(仙台地裁昭二三(行)三号二五、一、一一判決、行政事件裁判例集一巻一号八〇頁)。従つて自作農創設特別措置法第六条の二第二項第一号の規定に照し本件農地は買収すべきことを定めることができないのであるに拘らず、中武蔵村農地委員会が之を買収することに決定したのは違法であるのみならず無効である。当時の法律上有効に解約したものについては、右同号所定の都道府県農地委員会の調査及承認は必要でない。然らずとすれば法律不遡及の原則に反する規定として之を無効視せざるを得ないからである。加之本件の場合に於て右合意解約が適法であり且つ正当であることは後段説く所によつて明らかである(論旨第三点参照)から訴外秋吉俊治のために昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基く遡及買収することは違法であり無効である。
(2) 訴外秋吉俊治のためにする遡及買収は信義に反するものと認むべきであるから同法同条同項第二号の規定に照し遡及買収すべきことを定めることはできない。訴外秋吉俊治は先祖代々貧乏で生活に窮して居り上告人は先祖代々裕福で生活にユトリがあつたので、右訴外人は祖先以来上告人及その祖先のお蔭を蒙むり、その恩誼に浴して居る。而して後段論及する如く、上告人は今や引揚者として生活に窮して貧乏のどん底に陥入つて居るに反し右訴外人は却つて炭焼等により沢山の収入を得て生活にユトリができている。まことに今昔の感にたえない。昔と今とが天と地の如く覆つて来たのである。革命とは正に之を云うのであろう。そのユトリのある右訴外人が遡及買収の利益を受くるに反し、上告人が本件農地を失うこととならんか、右の事情は更に輪を加えて二重三重となり生活の不均衡を益々甚だしくすることとなるであろう。而もそれが先祖代々恩を受けた子々孫々に対する仕打であるに於ては道義地を払い信義は泥土に捨てられたものと云わねばならない。
(3) 上告人が本件農地の昭和二十年十一月二十三日現在に於ける所有者であり又はその承継人であることは前に説明した所によつて明らかであろう。而して上告人が同日以後に於て本件農地に就き耕作の業を営むものであることも亦前に論述した所によつて疑のない所である。然るに本件農地を遡及買収して訴外秋吉俊治に売渡しその為現に耕作して居る本件農地を上告人が失うことになれば、上告人の生活状態は右訴外人の生活状態に較べて著しく悪くなるから、同法同条同項第四号の規定に照し本件農地を買収すべきことを定める事はできないのである。上告人の只今の同居の親族は七名で、耕作田一反八畝歩(本件農地を含む)畑三畝歩、開墾地二反歩である。訴外秋吉俊治の同居の親族は八名で自作耕作田一反七畝歩、小作田一反六畝歩計三反三畝歩、自作畑一反八畝歩中一反を耕作し八畝歩は荒廃に帰せしめて居り、主たる生業は木炭製造業(炭焼)である。而も上告人の同居の親族は何れも働ける者十六年以上四人であるが、右訴外人の父は七十年以上叔父も七十に近い高齢であり子供四人は何れも十年未満であるから結局働ける者は右訴外人とその妻の二人だけである。而も主たる生業は炭焼である。その為現に保有する耕作畑中八畝歩は全然荒廃に帰せしめて居るやうな状態である。若し今本件農地を買収して上告人から取上げ之を右訴外人に売渡さんか、上告人の耕作田は僅か五畝歩、畑三畝歩、開墾地二反歩に過ぎなくなるのに反し右訴外人は自作耕作田三反歩、小作田一反六畝歩計四反六畝歩、自作畑一反八畝歩となり、平均して上告人の方は一人当り四畝歩なるに対し、右訴外人の方は一人当り八畝歩となるから右訴外人は上告人に較べて二倍の耕作地を有することとなる。上告人は農のみを生業として居り、只今の田畑(本件農地を含む)を耕作しても辛うじて一年分の食糧の半分を収穫し得るに過ぎない。之に反して右訴外人は炭焼を主たる生業として居り、その収入だけでも年五、六万円に達する。而して今又本件農地を売渡の相手方として計画した所により買受くる事を得るに至らばその生活状態は上告人の生活状態に較べて格段の上位にあり、到底比較するに堪えない事となるべく、それだけ上告人の生活状態は右訴外人の生活状態に較べて著しく悪くなるわけである。
果して然らば本件農地を上告人から取上げて右訴外人のために買収することはできないものと云わねばならない。(訴状請求原因第四項(2)(3)、第一審証人秋吉俊治、同中野三角の各供述、乙第三号証議事録中一丸委員の陳述部分、昭和二十四年十月七日附控訴状第五項、同年十二月八日附訴状補正書後段、同年十一月七日附控訴状第五項(イ)(ロ)別紙目録、昭和二十五年六月二十六日附準備書面後段(三)参照)。
七、政府が自作農創設特別措置法第三条の規定により農地を買収するには市町村農地委員会の定める農地買収計画によらなければならないが、市町村農地委員会は農地買収計画を定めるには (一)自作農となるべき農地を買受ける機会を公平にすること (二) 自作農となるべき者の耕作する農地を集団化し且つ当該地方の状況に応じて当該農地につき田畑の割合を適正にすることを勘案して之をしなければならない(同法第六条第一項、第四項、検点は筆者)。
此の点に付いても上告人は幾度か主張して中武蔵村農地委員会の本件農地買収計画を攻撃して居ることは弁論の全趣旨に徴し又之迄引用した訴状、控訴状、準備書面等の各記載を検討すれば明白である。中武蔵村農地委員会は本件農地を買受ける機会を公正にせず訴外秋吉俊治に有利に、上告人に不利に、極めて不公正な偏頗な処置をして居る。この事は前述した如く、最初の買収計画が大分県農地委員会の命令によつて一旦取消されたこと、それを中武蔵村農地委員長川野豊が大分県農地委員橋本正徳に運動して訴願を却下し、再度買収計画を立つるの已むなきに至つた経緯に徴しても窺知するに充分である。況んや之迄各般に亘つて論証した如く、中武蔵村農地委員会は昭和二十年十一月二十三日現在の小作人のみを保護すればその使命を全くするものの如く誤解し、又は殊更に故意に斯く思惟してその小作人が一時的の転借人であるか否、その農地が登記名義人と実質的所有者と異る場合に如何に処理すべきか、上告人が昭和十九年七月八日父の死亡により帰国して家督相続をし内地引揚の決心をして長男を父祖墳墓の地に残し、妻子を連れて帰るため単身渡満したが、戦争激烈の為帰国のできなかつたこと、本件農地を耕作して居た訴外義弟三角及び長男博司は上告人の同居の親族として之を耕作した点、訴外秋吉俊治の転貸借が合意解約され上告人の右同居親族に於て昭和二十一年五月から再び耕作し同年九月末から上告人自ら之を耕作せる点、引揚者たる上告人の生活状態と炭焼で懐ろの温つて居る訴外秋吉俊治の生活状態とを比較して本件農地を両者の中何れに与えるのが公正妥当の取扱であるか等の諸点に付て比較考量した形跡は全く存しない。加之前に述べた如く(六(3))、本件農地を上告人から取り上げて訴外秋吉俊治に売渡す時は、上告人の生活状態は右訴外人のそれに較べて著しく悪くなり、上告人の方の一人前の耕作面積は右訴外人の方のそれに比し、二分の一の割合となりそれが公正妥当な処置でなく、且つ当該農地につき田畑の割合を適正にすることでない(上告人の方は一人に付田二十歩余、畑三畝十歩弱なるに対し、右訴外人の方は一人につき田八畝歩弱、畑二畝歩余となるから、各田畑の割合は適正でない)。原審は右買収計画の違法性に対する上告人の主張(攻撃)を看過しそれに何等の判断を与えて居ない。
八、上告人は第一審以来中武蔵村農地委員会の本件農地買収計画が自作農創設特別措置法の目的に反するものとして之を攻撃して居ること明らかである。本法は耕作者の地位を安定し、その労働の成果を公正に享受させる為自作農を急速且つ広汎に創設し又土地の農業上の利用を増進し、以て農業生産力の発展と農村に於ける民主的傾向を図ることを目的とする(第一条)。それが為に小作地を売渡す相手方は「自作農として精進の見込あるもの」でなければならない(同法第十六条第一項、同施行令第十七条第一項)。従つて又買収計画を立てるに当つても「自作農としての精進の見込あるもの」を目途にせねばならない。然るに訴外秋吉俊治はその妻と二人だけの労働力を動員し得るに過ぎないのみならず、主として炭焼を生業とし農業は副業たるに過ぎないので、現今耕作の権限内にある耕地ですら八畝歩を荒廃に帰せしめて居る程であるから、それに本件農地田一反三畝歩を加うる時は尚更手が廻り兼ねて農地を荒廃せしめることは火を見るよりも瞭かである。(前出六(3))
斯くては叙上法の精神に反することとなることは申す迄もない要するに中武蔵村農地委員会は自作農創設特別措置法の目的に反して農地買収計画を立て、買収処分をしたのは違法であると主張するのである。原審は此の点に付て少しも判断を与えて居ない。
九、上告人は中武蔵村農地委員会が本件農地につき昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基き買収計画を樹立し買収処分を為したことを第一審以来攻撃して居るに拘らず、原審は此の点に付何等の判断を与えて居ない。
前に論じた通り本件農地に付中武蔵村農地委員会が買収計画を立てた当時に於ては自作農創設特別措置法第六条の二、第六条の五の規定なく況んや同法施行令第十七条は未だ改正されてない。従つて中武蔵村農地委員会は改正前の右自創法附則第二項、同法施行令附則第四十三条第四十五条の規定によつて遡及買収計画を樹立したものと見るを相当とする(前出四)。然るに買収計画を樹立するに当つて昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて遡及買収することは右改正後に於ても例外的であるが、況んやその改正前に於ては尚更のことで極めて特別の措置であると云わねばならない。農地の買収は買収計画を樹てる際の事実に基いて小作地であるか、自作地であるか、不在地主であるか在村地主であるかを定めるのが原則であるが、第一次農地改革に前後して(農地改革は農地調整法第一次改正昭和二十年十二月二十八日公布法律第六十四号、第二次改正昭和二十一年十月二十一日公布法律第四十二号、第三次改正昭和二十二年十二月二十六日公布法律第二百四十号並に自作農創設特別措置法昭和二十一年十月二十一日公布法律第四十三号、第一次改正昭和二十二年十二月二十六日公布法律第二百四十一号の立法沿革参照)小作地の不当取上や農地の不当売買などが行われたので之を黙過する時は農地改革の趣旨に副はなくなつたので市町村農地委員会が相当と認めた時は昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて農地買収計画を定める事ができるのである。例えば同日以後地主が小作地を不当に取上げて自作して居る場合、虚偽の申請により知事の認可を受けて小作地を小作人以外に譲渡した場合等に限らるるのであつて、知事が正当に認可して譲渡のあつたもの農地調整法第九条所定の農地取上条件にあてはまり、小作人も承知して地主に土地を返還した場合等には遡及買収計画を立ててはならないのである。(農地法解説、農林次官楠見義男序木村靖二著二〇九頁二一〇頁参照)。
本件農地は元来上告人の所有であつてその所有名義人の移動はあつてもそれは実弟名義を以て買戻した関係があるからで、農地改革を潜脱する意図の下になされたものでないことは申すまでもない。訴外秋吉俊治は昭和二十年十一日二十三日現在の小作人であるが、同人の小作は上告人の長男博司及妹婿三角(共に同居の親族)が昭和二十年四月乃至六月大東亜戦争の為に入隊応召して人手がなくなつたため一時耕作したものに過ぎず、而も右長男及妹婿が終戦後復員帰還して自ら之を耕作する事ができるようになり、且つ之を耕作しなければその一家一族の食糧に不足し、生活が窮乏に陥入るので同年十二月中右訴外秋吉俊治と合意解約して翌年(昭和二十一年)五月以来之を耕作し、同年九月上告人が満洲から引揚げて帰村して以後は上告人自ら之を耕作して居るのであつて右農地取上に付ては訴外秋吉俊治も承知し納得して居り、その当時の法律に依れば一時的の耕作者から合意解約によつて農地の返還を受くるに付ては知事の許可乃至村農地委員会の承認を必要としなかつたから右取上は適法有効であつて、その間毫も之を不当と見るべき事情は存在しないのである。此点に付ては上告人が第一審以来極力主張して居るのである(訴状請求原因第四項、乙第四号証裁決書中訴願要旨記載部分、昭和二十四年十月七日附控訴状、同年十二月八日附訴状補正書、昭和二十四年十一月七日附控訴状、昭和二十五年六月二十六日附答弁書並に準備書面参照)。
中武蔵村農地委員会が本件農地を訴外中野峯夫(不在地主)の所有する小作地として買収した事が違法不当であることに付ては之まで論じた通りであるが、今は之を論外に措くとして、茲には中武蔵村農地委員会が昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて遡及買収したことに付てその違法性を論ずるのである。原審に於ては毫もこの争点に付て判断してない(之が争点になつて居ることは上告人の如上主張に対して、被上告人が第一審以来その合法適正であるとして抗争し、その主張立証をして居ることに見ても明らかである)。中武蔵村農地委員会は最初遡及買収の計画を立てたが其後自作農地主側の反対があつて世論も之を支持したので、当初の方針を変更して昭和二十二年三月三十一日現在の事実に基いて買収計画を立てることに変更したのである(昭和二十二年十月七日附控訴状参照)。然らば本件農地買収計画は右方針変更後に立てられたものと見るべきである(昭和二十二年五月二日、同年十月十五日)。然るに之が買収処分は当初の遡及買収計画に基く買収処分であつたのである。買収計画を再度変更した上で(遡及買収計画を再び樹立した後に)、買収処分をした形跡は全然存しない。果して然らば中武蔵村農地委員会は昭和二十二年三月三十一日現在の事実(当時訴外秋吉俊治は本件農地の小作人でない。上告人が其の耕作者である)に基いて、同年五月一日(第一次)同年十月十五日(再度)買収計画を樹立して置き乍ら、此の買収計画を変更することなくして、同年十二月二日(之は大分県農地委員会から同年十二月八日取消された)同二十三年三月二日には、昭和二十年十一月二十三日現在の事実(当時訴外秋吉俊治は一時賃貸を受けた小作人である)に基いて買収処分をしたものに外ならない。昭和二十二年三月三十一日現在の事実は即ち買収計画を樹立する当時(同年五月二日、十月十五日)の事実と同一である。この間に於て本件農地については所有権関係耕作関係等全然移動がない。而して買収計画を買収当時の事実に基いて樹立しておき乍ら、それを変更することなく、遡及買収処分することは違法である。現在の事実に基く買収と遡及買収とはその法規も異りその手段方法も区別して取扱われるのである。此の点に付ては前に論及した(前出四前橋地裁昭二三(行)一一号、二五、一、三一判決、行政事件裁判例集一巻三号三六五頁、三七三頁参照)。(尚此の点に付ては論旨第三点に於て更に論ずる上告人の所有権が認められないとすれば、上告人は買収当時の小作人―所有権は不在地主訴外中野峯夫にあるとして、その小作人―であるから売渡相手方を上告人と想定して、買収計画を立て且つ買収処分をしなければならない筈である)。
要之、本件農地の買収が無効である以上、それを前提とする其の売渡計画が違法処分たることは明らかである。本件農地が有効に買収されてない以上はその所有権を国が取得すること能わざるは多く論ずる迄もない。買収によつて国が其の農地の所有権を原始的に取得すると云うのはその買収処分が適法有効なることを前提としての立言である。第一審に於て被上告人が本件農地を国が原始的に取得したと云つて上告人の主張を攻撃するのは(昭和二十四年六月十日附準備書面第二項)固より採るに足らない愚論であると共に黙過し得ない暴論である。万一斯くの如き愚論否暴論が許さるるならば、それこそ日本国憲法の保障する国民の権利は蹂躙され破壊されることとなり日本国民は一日として安眠できないこととなる。若し原審が被上告人の右暴論を是認して、本件農地が形式上買収処分されたことによつて、国がその所有権を取得したものとし、その点の上告人の攻撃を封じたものとすれば(判文上その形跡を窺知し得る)それこそ憲法第三章国民の権利に関する規定(特に第二十九条)に違反した判決と云わねばならない。
第三点 仮りに買収計画及び買収処分が適法だとしても本件農地につき中武蔵村農地委員会の決定した売渡計画には違法の点が多く何れの点から見ても右売渡計画を取消さねばならない。本件農地は訴外中野峯夫(不在地主)の所有する小作地であるとし中武蔵村農地委員会が自作農創設特別措置法第三条第一項第一号によつて買収し、昭和二十三年四月十三日売渡計画が樹立され、訴外秋吉俊治を昭和二十年十一月二十三日現在に於ける本件農地の耕作小作農として売渡の相手方と定められたことは原判決の確定した所である。右売渡計画に存する違法は左の通り、
一、本件農地を訴外中野峯夫(不在地主)の所有に属する小作地とする以上、その小作人が上告人であることは争う余地のない所と云わねばならない。而も上告人は、昭和二十年十一月二十三日現在を基準としても訴外秋吉俊治に優先する小作人である。
上告人は昭和二十一年九月末以来今日に至る迄本件農地を耕作して居る。昭和十九年七月(父死亡のため帰国し、相続した時)以来今日まで引続き本件農地の在る大分県東国東郡中武蔵村に居住して居るものと見るべきことは前に論じた通りである。而して昭和二十一年九月十五日以来引続き現実に居住して居るのである。
同居の親族である長男博司及び実妹シチ並にその夫三角、母ツネ、妹スミエ等は昭和十九年七月以来(シチ、三角夫妻はその前からであるが)本件農地を耕作して居る。昭和二十年四月長男博司は予科練に入隊のため、同年六月妹婿三角は召集のため本件農地を耕作する人手が減少したので、訴外秋吉俊治に一時之を耕作させたが、同年九月右両人が復員帰還したので右訴外人と交渉して同年十二月中合意解約の上翌二十一年五月から右同居の親族に於て之を耕作し、同年九月末以来上告人自ら(勿論長男博司も共に)之を耕作して居るのである。同居の親族たる右長男博司、妹シチ、妹婿三角等が地主(訴外中野峯夫)の小作人として本件農地を耕作して居ることは上告人自ら之を小作人として耕作して居るものとみなされる(自作農創設特別措置法第二条第二項第四項)。上告人が本件農地の小作人とみなさるべき点に付ては、論旨第二、三、に於て詳論したことを所有者(地主)を小作人とし、自作地を小作地として読み替えることにより、之を諒承せられたい。訴外中野三角が適法に買受申込をして居るとすれば同訴外人は、訴外秋吉俊治に優先して、第一順位として本件農地の売渡の相手方に決定せらるべきことに付ては深く論及するを要しない(自作農創設特別措置法第五条第六号類推適用、前掲第二点五参照)原審も之を是認して居る。本件第一審大分地方裁判所も同趣旨の見解である(大分地裁昭二三(行)一九号、二五、三、二四、判決、行政事件裁判例集一巻三号四〇三頁以下参照)。訴外中野三角が上告人の同居の親族たることは第一審以来上告人の主張して居るところであつて、相手方に於ても之を争つて居ない。原審も此の点は当事者間に争のないものとして之を確定して居るものと解せられる。
叙上の如く訴外中野三角を訴外秋吉俊治に優先して、第一順位の売渡の相手方と認むべきである以上、其の同居の親族である上告人を訴外秋吉俊治に優先して、第一順位の売渡の相手方と認むべきであることは論を俟たない。訴外三角の小作人たる地位はその儘上告人の小作人たる地位とみなさるべきことは既に述べた所によつて争の余地がないのである。而して上告人が本件農地に付適法に買受の申込をして居ることは原判決の確定した所である。果して然らば中武蔵村農地委員会は上告人を売渡の相手方として本件農地の売渡計画を樹立すべきであつて、上告人を差し措いて訴外秋吉俊治を売渡の相手方としてその売渡計画を樹立してはならなかつたのである。
原審は此の点に付て毫も判断を加えて居ない。原判決は本件農地につき、訴外中野峯夫(不在地主)の所有する小作地であること、訴外秋吉俊治は昭和二十年十一月二十三日現在の小作農であつたこと、同訴外人は自作農創設特別措置法第五条第六号の理由に因り一時転貸を受けた者であること、訴外中野三角は同法施行令第十七条第一項第五号の規定に因り訴外秋吉俊治に優先して第一順位に本件農地の売渡の相手方とせらるべき(買受申込をして居たとすれば)小作人であつたこと、上告人は右三角から昭和二十一年九月耕作権を譲受け買収当時の耕作者であること、上告人は訴外中野三角の同居の親族であること、而して上告人は適法に買受申込をして居ること、中武蔵村農地委員会の決定に対する異議の申立、異議却下に対する訴願の提出大分県農地委員会の裁決に対する訴訟の提起はいづれも適法になされて居ることを確定して居るものと見る事ができる。果して然らば原審の確定した右事実に基いて本件は判決をするに熟して居るものと見ることができる。原審は右確定した事実に基いて自作農創設特別措置法第二条第二項第四項の規定を適用すべきことを知らなかつたのであつて、本件は所謂擬律錯誤の違法あるものと見るべきであるから、その擬律を適法にする事によつて原判決を是正(破毀自判して)することができるのである。仍つて民事訴訟法第四百八条第一号の規定に依つて上告の趣旨第二項の判決を求むる次第である。
二、訴外秋吉俊治は昭和二十年十一月二十三日現在に於ける一時転貸を受けた小作人である。本件農地の賃借小作人である訴外中野三角並に同居して共同耕作して居た訴外中野博司(何れも上告人の同居の親族と見るべきことに付ては前に述べた)が大東亜戦争のため昭和二十年四月乃至六月に応召入隊した為人手が少くなつたので訴外秋吉俊治に昭和二十年度の耕作をさせたのであるが、此の地方の一般慣習として小作は一年限りとして居ること、右三角及博司が召集解除になつて復員帰還すれば再び本件農地を耕作せねばならなかつた事情にあつたこと(他に耕作すべき農地がないから、本件農地を耕作しなければ当時三角夫妻、その子供三人、母、姉、博司計八人の生活に必要な食糧を獲ることができなかつた)等をかれこれ考え合せると右秋吉俊治は自作農創設特別措置法第五条第六号に規定する理由によつて、一時本件農地に付き転貸を受けた小作農と見なければならない。従つて同法第十六条、同法施行令第十七条第一項五号の規定に照し且つ自作農創設特別措置法第五条第六号の精神に徴し本件農地に付ては訴外中野三角及中野博司が第一順位に於て売渡の相手方とせらるべき地位にあることは争う余地ないものと考える(前掲大分地裁判決参照)。
斯の如く訴外秋吉俊治は一時転貸を受けた小作農であるが同訴外人は昭和二十年十二月中訴外中野三角の要求に従つて右転貸借を合意解約した上翌年五月本件農地を訴外中野三角(及び博司)に返還したのである。而して訴外中野三角及博司等は本件農地を耕作しなければその家族八人の生活に必要な食糧を獲ることができない事情あるに反し、訴外秋吉俊治は元来炭焼を本業として居るのみならず耕作田畑の面積も右訴外中野三角一族より遙かに広いのであるから、本件農地を返還してもその生活には毫も支障を来さない事情にあつたのである。果して然らば昭和二十年十二月中本件農地に付訴外秋吉俊治との間に成立した叙上合意解約は適法であり且つ有効である(当時は農地調整法第九条の改正前であるから一時的小作に付ては知事の許可又は村農地委員会の承認を得る必要がなかつたことに就ては前に述べた)。本件農地を昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて遡及買収したことが適法だとしても之を訴外秋吉俊治に売渡すことは違法且つ不当である。叙上の如く右訴外人は既に適法且つ有効に解約された小作農であり、而もその解約については何等不当不正なく極めて公正妥当と見るべきであるから自作農創設特別措置法第六条の二第二項第一号の精神に照し之を類推適用して、本件農地については訴外秋吉俊治を売渡の相手方として売渡計画を立てることはできないものと云わなければならない。右売渡計画樹立当時に於て上告人は本件農地の小作農であり、昭和二十一年九月末訴外中野三角から耕作権を譲り受けて爾来自ら之を耕作して居る小作農であるから(上告人は右三角及博司の同居の親族であるから、三角及博司の小作農たる地位が即ち上告人を小作農とみなさるべきであることに付ては前項一、に述べた所であるが、茲では百歩を譲つて右の如く見なされないとしても、少くとも昭和二十一年九月末以降は訴外三角の耕作権を譲り受けたところの承継小作農であることを主張するのである)、上告人が適法に買受の申込をして居る以上(上告人の申込は昭和二十二年十二月二十四日乙第一号証、訴外秋吉俊治は三日後の同年同月二十七日、之は原判決の確定する所)、上告人を売渡の相手方として売渡計画を樹立しなければならない筋合である。先順位に在る上告人を差措いて後順位にある訴外秋吉俊治を売渡の相手方として、本件農地に付売渡計画を樹立したことは不当且つ違法であると云わねばならない。なお上告人は昭和二十一年九月末訴外中野三角から本件農地の耕作権を譲り受けたのであるが、上告人は同年同月十五日妻子を伴れて満洲から帰国し、昭和十九年七月以来その長男博司が同居して居る母ツネ、妹シチ、妹婿三角等と同居することとなつたのであるから、右同居当初から本件農地の小作農とみなさるべきである。昭和二十一年九月十五日以来上告人は現実に右博司、三角、シチ等と同居して居る(昭和十九年七月八日以来引続き同居して居るものと見るを相当とすることについては前に述べた。茲では百歩を譲り仮りに昭和十九年七月八日乃至同二十一年九月十四日の同居が認められないとしても少くとも、昭和二十一年九月十五日以降同居して居ることを主張するのである)から、同居の親族たる長男博司、妹シチ、妹婿三角等の小作地たる本件農地は即ち昭和二十一年九月十五日当時から上告人の小作地と見なさるべきことは自作農創設特別措置法第二条第二項第四項の規定に照し疑を容れる余地ないものと云わねばならない(前項一、参照)。
斯くて上告人は本件農地の小作農と見なされるに至つてから後、同年同月末訴外三角から本件農地の耕作権を譲り受けて爾来自ら之を耕作して居るのである。法律上既に小作農とみなされて居る上告人が同居の親族である妹婿三角から耕作権を譲り受くるに当り農地調整法第四条に規定する知事の許可乃至村農地委員会の承認を必要としないことは論を要しない。況んや当時に於て賃借権の移転は自由にできたのである。
右農地調整法は昭和二十一年十一月二十二日施行(仙台高裁秋田支部昭二四(ネ)三六号、二五、三、一七判決、判例集一巻四号五〇四頁一二行目乃至一五行目参照)。
仮りに右譲渡に付農地委員会の承認を必要としたとしても当時未だ中武蔵村農地委員会の成立なく、承認を得る方法がなかつたのみならず、その後所有権移転につき許可乃至承認を得ることのできなかつた経緯並に斯くの如き場合に承認のないことを理由として法律上の効果を否認することが権利の濫用となつて、許すべからざることであり斯くの如き場合には許可乃至承認なくともその効力を否定することができないことに付ては前に論じた所を援用する(第二点二参照)。
三、遡及買収は例外であり、農地取上が不法不当な場合に於て昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて買収することに付ては既に前に詳論した(第二点四参照)。
之と同様の理が売渡に付ても当てはまるのである。売渡計画の樹立並に売渡処分の決定は原則として売渡現在の事実に基くべきであつて昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基くことは特別の事由のある場合でなければならない。この事は買収に付てより以上に売渡について考慮せられなければならない。自作農創設特別措置法第十六条、同法施行令第十七条第一項第五号第三項、同条第一項第六号第四項及び第五項の各規定を彼此比較勘考してみるに、自作農創設特別措置法第五条第六号に定める理由に由つて一時転貸を受けた小作農又はその小作権を譲り受けた小作農が売渡当時尚当該農地を耕作して居る場合に於ても、その小作農に一時転貸をした者(地主からの直接賃借人)又は一時転貸をした者に一時転貸をした者(再転貸の場合に於て第一の転貸人即ち地主からの直接賃借人)が当該小作農(一時転貸を受けた小作農)に優先して売渡の相手方とせられるのである(此の場合その一時転貸をした者は売渡当時には当該農地につき耕作する者でない)から、本件の如く訴外秋吉俊治(その一時転貸を受けた小作農と見るべき事に付ては前に述べた)は本件農地につき買収当時も売渡当時も耕作して居らず、却つて同訴外人に一時転貸をした者(訴外中野三角)と同一人視せられる上告人(自作農創設特別措置法第二条第二項第四項によつて上告人がかくみなされることに付ては前に述べた)又は右訴外中野三角から耕作権を適法有効に譲り受けた上告人(この点に付ても前に述べた)に於て本件農地につき買収当時も売渡当時も耕作して居る場合には、一層強い理由を以て、訴外秋吉俊治に優先して上告人を売渡の相手方としなければならないこと勿論と云はねばならない。
四、本件農地の買収は自作農創設特別措置法第六条の二又は第六条の五に依つたものでなく、同法改正前の附則第二項並に同法施行令附則第四十三条第四十五条によつて遡及買収したものと見るべきである(前掲第二点四参照)。本件農地につき昭和二十年十一月二十三日現在と買収計画を定めた当時(昭和二十二年五月二日、十月十五日)とに於て賃借権を有する者が異つて居ることは疑を容れない。此の場合に於て中武蔵村農地委員会は昭和二十年十一月二十三日現在の小作農たる訴外秋吉俊治と右買収当時の小作農たる上告人とを比較して遡及買収計画を定めることの可否に付き審議しなければならない(令附則第四十五条)。然るに中武蔵村農地委員会は、一も二もなく遡及買収する事に定め遡及買収の可否につき慎重審議して居ないことに付ては前に詳論した通りである(前掲第二点四参照)。中武蔵村農地委員会の遡及買収に当つてした右の不当違法な処分はその儘売渡計画を定むるに当つてもなされたのである。買収が遡及買収であつても売渡は昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基くを要せず、売渡当時の事実に基くを原則とし又売渡当時の事実に基くを妨げない。而して就中昭和二十年十一月二十三日現在の小作農が一時転貸を受けた者である場合而もその一時転貸を受けた小作農が適法に合意解約して本来の賃借人にその農地を返還して買収当時並に売渡当時に於てはその農地を耕作して居ないでその農地の返還を受けた本来の賃借人(一時転貸をした者)又はその適法は承継人が買収当時並に売渡当時に於て其の農地を耕作して居る小作農である場合に於ては、昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて売渡計画を立つべきでなく、売渡当時の事実に基いて売渡計画を樹立すべきである。殊に況んや本件農地は上告人祖先伝来の土地であり、昭和二十年十一月二十三日現在に於てもその名義は上告人の実弟たる訴外中野峯夫の所有となつて居たが実質的には上告人の所有であつて之を同居の親族である妹婿中野三角の責任に於て同人、その妻(上告人の実妹)シチ、上告人の長男博司等が耕作して居た所、長男博司は昭和二十年四月予科練入隊の為妹婿三角は同年六月召集のため人手不足となつたから一時之を訴外秋吉俊治に転貸したのであるが、同年九月右両人が復員帰還するや本件農地を耕作しなければ家族八人の生活に必要な食糧を獲ることができず且つ右秋吉俊治に対する転貸は右三角、博司が召集入隊に依り人手不足になつた為であつて、終戦復員の上は之を再び耕作するにつき其の不在中一時的の転貸であり又此の地方の慣習として小作は一年限りを期間として居るのみならず、右秋吉俊治は炭焼を本業として居り耕作地の面積も遙に広いから本件農地を返還しても毫も生活に困難を来さない事情にあつたので、右三角は同年十二月中右俊治と交渉して右転貸借を合意解約の上翌二十一年五月之を再び耕作する事になつたのであるが、同年九月十五日上告人は妻子を連れて満洲から引揚げて帰国し、長男博司、妹シチ、妹婿三角等と同居することとなつた(母ツネ、妹スミエも同居)が、同月末右三角から耕作権を譲り受けて爾来今日迄引続き本件農地を耕作して居るのである。本件農地の耕作関係が叙上の如き経緯であるのみならず、上告人は本件農地を耕作して居る現在に於てさえ半年分の食糧を収穫し得るに過ぎないのであるが、反之、訴外秋吉俊治は炭焼を本業として相当の収入を得て居るのみならず、耕作田畑も上告人のそれよりも遙かに広く、而かも夫婦二人の働きしかないためにその耕作地の一部は荒廃に帰せしめて居る事情等を彼此比較考量するときは本件農地は訴外秋吉俊治を売渡の相手方とすべきではなく、上告人を売渡の相手方として売渡計画を樹立すべきは極めて当然の処置たること明瞭であるに拘らず、中武蔵村農地委員会は昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて売渡計画を立てる可否につき慎重審議することなく上告人を差措いて漫然訴外秋吉俊治が昭和二十年十一月二十三日現在の小作人であつたとの一事を以て同訴外人を売渡の相手方として本件農地につき売渡計画を樹立したのであつて、之れまことに不当且つ違法な処分と云わなければならない。要之、中武蔵村農地委員会は本件農地につき不当違法な買収をして、その不当性、違法性をその儘売渡計画の決定に投入したものである。
五、本件農地の買収は自作農創設特別措置法第六条の二又は第六条の五の規定によつてなされた遡及買収でないと考えられることは上に述べた。然るに改正前の同法附則第二項、同法施行令附則第四十三条、第四十五条によつて遡及買収しても改正した右法律第六条の二第二項(第六条の五第二項)の規定の精神に副わなければならないこと勿論である(前掲第二点六参照)。従つて又売渡計画を樹立するに当つて同一の精神に随順して之をしなければならない。即ち
(1) 昭和二十年十一月二十三日現在に於ける本件農地の小作人であつた訴外秋吉俊治は同年十二月中適法に合意解約して翌二十一年五月之を訴外中野三角に本件農地を返還したものであるから訴外秋吉俊治を売渡の相手方として売渡計画を立ててはならない(法第六条の二第二項第一号の類推適用、又は類推的精神解釈、条理)。
(2) 訴外秋吉俊治は信義に反する所業の者であるから、中武蔵村農地委員会は昭和二十年十一月二十三日現在に遡つて右訴外人を売渡の相手方として売渡計画を立ててはならない(同第二号)。
(3) 昭和二十年十一月二十三日現在に於ける事実に基いて売渡計画を立てるときは、本件農地の現在の小作人である上告人の生活状態が訴外秋吉俊治の生活状態に較べて著しく悪くなるから、本件農地につき右訴外人を売渡の相手方として売渡計画を樹立することはできない(同第四号)。
叙上 (1)合意解約 (2)信義に反すること (3)生活状態が著しく悪くなる点に付ては前に詳細に述べたところによつて之を諒承せられたい(第二点、六参照)。
六、自作農創設特別措置法第六条の法意は農地の売渡計画を樹立するに付ても遵守すべき規準である。自作農となるべき者の農地を買受ける機会を公平にするように売渡計画を樹立すべく、又田畑の割合を適正ならしむるように売渡計画を定めねばならないこと当然である(第四項参照)。然るに中武蔵村農地委員会は不公正且つ不当違法な売渡計画を樹立したのである。此の点については買収計画の不当不法なることを指摘した論旨(第二点、七)を援用する。
七、政府が買収した農地は「自作農として農業に精進する見込のある者に売り渡す」べきこと勿論である(自作農創設特別措置法第十六条、同施行令第十七条)。然るに訴外秋吉俊治は炭焼を本業とし、農は副業であつて現にその耕作地の一部を荒廃に帰せしめて居るに反し、上告人は元来農であつて今子供等と共に一生懸命農業に精進して居る。中武蔵村農地委員会が、上告人を差措いて訴外秋吉俊治を売渡の相手方として本件農地の売渡計画を樹立したことは違法である。此の点に付ては前に買収計画及処分の違法性につき詳論したことを茲に援用する(第二点、八)。
八、本件の場合に遡及買収が不当であり、違法であることは既に詳論したところである(第二点、九)。
まして本件農地につき売渡計画を樹立するに当つて昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基く不当性、違法性は更に倍加するものがある。之迄論じ去り説き来つた所によつて諒承せられたい。なほ此の点については前掲遡及買収の不当性、違法性の論旨(第二点、九)を援用する。
九、更に千歩を譲り、単に昭和二十年十一月二十三日現在の事実のみに基いて売渡計画を立てること自体は違法でないと仮定する。
本件農地については右基準時の小作農が三人ある。即ち一時転貸を受けた訴外秋吉俊治、その転貸をした訴外中野三角、右三角から小作権を譲り受けた上告人の三人はいづれも買受を申込む資格がある(法第十七条、第十六条、施行令第十七条第一項第一号第五号)。此の場合上告人は同居の親族たる訴外三角と同一の地位に在ることは前に述べた通りである(法第二条第二項第四項)。而して此の三人中上告人と訴外秋吉俊治の二人は適法に買受の申込をして居る。即ち此の場合は売渡の相手方が二人以上あるときである(令第十七条第五項)。一時的小作人である訴外秋吉俊治と本来の小作人(地主からの直接小作人)とみなされる上告人とでは元々資格が異つて、上告人が先順位に在ることについては前に述べたが、茲では上告人と右訴外人とを同一資格の小作人と仮定して立論するのである。そうすると、右施行令第十七条第五項第六項の規定に従い、市町村農地委員会は農地売渡計画を定める前に所定の方式(則第七条の三)により都道府県農地委員会の承認を受けて売渡の相手方を定めなければならない。然るに本件に於て中武蔵村農地委員会が売渡計画を定める前に、所定の方式により、大分県農地委員会の承認を受けた事跡を発見することはできない。斯かる法定の手続を踏まずして中武蔵村農地委員会が訴外秋吉俊治を売渡の相手方として売渡計画を定めたことは違法である。
要之、本件農地につき買受の申込をした者は上告人と訴外秋吉俊治の二人であるから、中武蔵村農地委員会は宜敷く慎重に調査審議し、諸般の事情を勘案して其のいづれに売渡すべきかを判定すべきは自作農創設特別措置法の精神に鑑み疑を容れない所であり、本件に於ては叙上諸論旨に照し上告人を売渡の相手方とすべきであること明かであるに拘らず、簡単に昭和二十年十一月二十三日現在の耕作者たる一事のみに重きを置き、遮二無二、訴外秋吉俊治を売渡の相手方として売渡計画を決定したことは不当且つ違法である(鹿児島地裁昭二三(行)八三号、二五、二、二一判決、判例集一巻三号、三八五頁参照)。
仍つて原判決を破毀して本件を東京高等裁判所に移送するか(民訴第四〇七条)又論旨第三点、一が認められるならば破毀自判(同法第四〇八条第一号)あらんことを求める次第である。